Digital Commerce 360 2020/10/15 8:00

伝統的な小売事業者は、コストのかかる社内の研究開発に投資するのではなく、スタートアップ企業のように既存のテクノロジーを活用するべきです。米国のスーパーマーケットチェーン「Walmart」はそれを実践し、成果を出している大企業の一例です。

EC市場は伸びてるが……二の足を踏む伝統的な小売事業者

Eコマースの売上高は、10年以上前から着実に増加しています。そして、新型コロナウイルスの発生とその後の世界的なロックダウン措置が、ここ数か月にわたるオンライン販売の急増を後押ししています。この状況下で打撃を受けている大手小売事業者はどのようにEC強化策を打ち出し、コロナ禍を乗り切るべきなのでしょうか?

小売業の総売上高に占めるEコマースの割合は、2007年の5.1%から2019年には16%に上昇。小売業における2019年総売上高の増収分の56.9%はEコマースが占めています。そして、新型コロナウイルス拡大の影響で、専門家は2020年のEコマース総売上高が前年比で18%増えると予測しています。

小売業における2019年総売上高の増収分の56.9%はEコマースが占めている
小売業における2019年総売上高の増収分の56.9%はEコマースが占めている(画像は『Digital Commerce 360』の「US ecommerce sales grow 14.9% in 2019」より編集部が作成

このような数字にもかかわらず、一部の伝統的な小売事業者は、Eコマースに二の足を踏んでいるばかりか、革新的でフレキシブルな方法を活用することにも躊躇しています。

コロナ禍で販売不振、店舗閉鎖や破産などが相次ぐ大手小売業

2020年に入ってから、輸入家具や装飾品、家具などを扱う「Pier 1 Imports」、レディス下着の「Victoria's Secret」など大規模小売事業者が、何百もの店舗を閉鎖したり、破産を宣言したりしています。また、「J.C. Penney」「Macy's」「Nordstrom」「Kohl's」といった大手百貨店やデパート企業の時価総額が123億ドルも減少しています。

大手企業の動向に反して、ECへの革新的アプローチで健闘するスタートアップ

一方、多くのスタートアップ企業はEコマースへの革新的で機敏なアプローチで、いわゆる「小売の終わり」のような状況下で健闘しています。

たとえば、ECプラットフォームの「Shopify」は、新型コロナウイルスの影響で多くの小売企業がオンラインECプラットフォームを採用、加盟店が急増したために株価が急騰しました。

連続起業家として知られるゲリー・ヴァイナーチャク氏が経営する「Empathy Wines」は、定額制のワインビジネスで、ブラックフライデーやサイバーマンデーと同じ程度の売り上げを達成したそうです。

Empathy Winesのサイトトップページ
Empathy Winesのサイトトップページ(画像:サイトから編集部がキャプチャ)

大規模小売企業の意思決定者が、Eコマースを手がけるスタートアップの起業家にアプローチする時が来たと言えるでしょう。そうすることが、新型コロナウイルス危機を乗り越える最高のチャンスにつながります。スタートアップ企業が得意とする3つの分野について紹介します。

小売業が参考にしたいスタートアップが得意とする3つのアプローチ

1. 簡単に利用できる最先端技術を活用する

これまで、最先端のテクノロジーは大企業や政府の領域でした。今は、オープンソースやクラウドコンピューティングといった技術革新により、スタートアップ企業でも人工知能(AI)やビッグデータ分析など、強力なテクノロジーを利用できるようになりました。そして、彼らはそれらの技術を活用しています。

会計事務所の「KPMG」は、報告書で次のように指摘しています。

コストが下がり、テック系スタートアップの起業が容易になったことで、10億ドル規模の市場に参入する起業家が、過去のどの時代よりも増えている。(会計事務所「KPMG」の報告書)

Eコマースの分野では、Adobeの「Magento Commerce」のようなオープンソースのプラットフォームを活用している小規模EC事業者は、オンライン販売の拡大に役立つ強力なテクノロジーを迅速かつ容易に導入することができます。

最近の事例としては、「Magento」がレコメンデーションツールにAIを搭載したことです。スタートアップ企業同様、時代にそぐわなくなった小売企業も、時間とコストのかかる自社内の研究開発に投資するのではなく、既存のテクノロジーをEコマースの運営に活用することを検討すべきです。「Walmart」はそれを成功させている大規模小売企業の一例です

近年、「Walmart」は人工知能に取り組むスタートアップ企業を積極的に買収し、その技術をまだ発展途上の自社ECプラットフォームに活用しています。たとえば、ユーザーの閲覧行動に基づいて商品の推薦を行うAIスタートアップ「Aspectiva」を2019年に買収した案件は、すぐに成果を上げているようです。

「Walmart」のサイトトップページ
「Walmart」のサイトトップページ(画像:サイトから編集部がキャプチャ)

「Aspectiva」を買収して以来、「Walmart」は米国のオンライン販売でAmazonとの差を縮めています。米国のEコマース売上高に占める「Walmart」のシェアは5.3%ですが、Amazonのシェアは38.7%と、数年前のシェア50%から数字を落としています。「Walmart」をはじめとする伝統的な小売企業は、シアトルを拠点とするEコマースの巨人Amazonから市場シェアを奪うために、最先端のテクノロジーを活用し続けることが賢明なのです。

2. 消費者の需要変化に対応するためにUXの実験を行う

新しい世代の消費者が新しいテクノロジーを利用すると、カスタマージャーニーが変化する。これは大規模小売企業のマーケターにとって周知の事実です。ミレニアル世代やZ世代の商品購入のきっかけは、ソーシャルメディア、検索エンジン、Eコマースのマーケットプレイスから。つまり、とインターネットからもたらされることが多くなっています。

世界的な広告代理店「Wunderman Thompson」の調査によると、回答者のほとんど(52%)が「Amazonから購入のきっかけを得た」と回答。51%が検索エンジンからと答えています。それに対して、実店舗で興味を持ったと答えたのはわずか15%でした。購買決定のきっかけがオンラインにシフトし、多くのスタートアップ企業が購買の意思決定に影響を与えるテクノロジーの革新に尽力しています。

オンラインのインテリアデコレーションサービスを提供する「Decorilla」は、仮想現実(VR)と拡張現実(AR)ツールをプラットフォーム上で立ち上げました。消費者は家具を購入したり、高価なリノベーションを行う前に、部屋の中を「歩き回る」ことができるようになりました。

「Decorilla」のサービス紹介動画

同じ手法で成功している伝統的な企業の例として、英国のオンラインファッション・化粧品小売事業者の「ASOS」があります。「ASOS」は最近、イスラエルのスタートアップ企業「Zeekit」が提供するARツール「See My Fit」を導入。このツールを使えば、洋服の型や体型、体格などを考慮して、特定の衣服が自分にどのようにフィットするかを確認することができます。

「Zeekit」のサービス紹介動画

コーネル大学で、ヒューマンエコロジー研究をしているFatma Baytar教授と、大学内の「Body Scan Research Group」による最近の調査では、次のようなことがわかりました。

実際の試着には適さないものの、ARは消費者の衣服に対する気持ちを高め、オンラインショッピングの経験と効率を向上させる可能性があることを研究者が発見したそうです。

スタートアップ企業がカスタマージャーニーにおいて斬新なアプローチを採用しているもう1つの分野は、音声による注文技術の利用です。この技術が一般的になるかどうかは、スマートスピーカーや音声アシスタントがどれほど浸透するかにかかっています。

スマートスピーカーや音声アシスタントを利用する人を対象にした最近の調査では、スマートスピーカーを所有しているほぼすべての回答者が、ショッピングを含めた音声アシスタントの利用について言及していることがわかりました。さらに、「Accenture」の調査では、Z世代の73%が「現在音声による注文技術を使用している」「ぜひ使用したい」と答えています。

大規模小売企業は、スタートアップ企業同様、カスタマージャーニーに影響を与えるアプローチで創造性を発揮し、カスタマーエクスペリエンスを向上させる次世代のBtoCテクノロジーに賭けるべきです。

3. 市場への積極的なアプローチ

世界で最も成功したEコマース企業であるAmazonは1990年代後半の起業直後、企業価値は後回しにし、市場シェアを拡大するために利益を大幅に再投資していました。市場シェアの獲得に多額の再投資を行い、利益を出さないというやり方は、ほとんどすべてのスタートアップ企業が採用している戦術です

配車サービスの「Uber」も、世界の新興市場に進出するために利益を再投資したことで有名な企業の1つでしょう。

大規模小売事業者、特に高い利益率に慣れている高級ブランドは、現状に満足したり、今の利益に安住すべきではありません。スタートアップ企業の精神を見習い、市場シェアを拡大するためにEコマースに参入する際には、利益率を下げることも厭わない覚悟が必要です。

今もこの姿勢を貫いている大企業の好例は、市場シェアを獲得するために継続的に投資を行っているAmazonです。Amazonの姿勢が最も顕著に表れたのは2017年。食料品市場への参入を可能にするため、137億ドルで食料品チェーンの「Whole Foods Market」を買収したときでした。

「Whole Foods Market」のサイト
「Whole Foods Market」のサイト(画像:サイトからキャプチャ)

しかし、Amazonの最大のライバルである米国小売業の「Walmart」もまた、Amazonからオンライン市場のシェアを奪還するために多額の投資を行っています。2016年にEコマースの新興企業「Jet.com」を買収してから、「Walmart」の株価は2019年までに53%も跳ね上がりました。オンラインメディアの「Recode」は、2018年における「Walmart」の米国オンライン売上高は40%増加したと報じています。

それにもかかわらず、「Walmart」は依然としてEコマース部門は損失を計上しています。しかし、それは問題ではありません。大規模小売事業者は、多くのスタートアップ企業同様、オンラインでの市場シェア獲得に長期的な賭けをすることが、将来的に実を結ぶことを理解しなければならないのです。まさにAmazonがそうしてきたように。

◇   ◇   ◇

新型コロナウイルスの流行によって、小売りのオンライン化が加速。伝統的な小売業者もEコマースへの投資を倍増させなければなりません。成功するためには、新しいテクノロジーを活用し、創造的なユーザーエクスペリエンスを実験する際に、迅速かつ機敏に対応できるスタートアップ精神を持つ必要があるのです。さらに、初期の収益性を犠牲にしてでも、積極的に市場シェアを獲得するために、スタートアップ企業のようなのアプローチを取らなければなりません

この記事は今西由加さんが翻訳。世界最大級のEC専門メディア『Digital Commerce 360』(旧『Internet RETAILER』)の記事をネットショップ担当者フォーラムが、天井秀和さん白川久美さん中島郁さんの協力を得て、日本向けに編集したものです。

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